生活の基本   衣・食・住 と 人間性

H14.1.5 若城光柾

「食べ物を収穫し命をつなぎ、衣服で身を包み、建物で自然の脅威をしのぐ」人間が生活する為の日常の行為、努力する行為です。

 江戸っ子の「宵越しの金はもたねー」とは「お金が無くても、腕前に自信があれば立派に生きていける。」との気概です。昨今では、高度成長の基に「金が無いのは首が無いのも同じ」と、お金を求める人が多くを占めました。経済をコントロールしやすい貨幣経済を支えるスタッフとして貢献していますが、誰でも使えるお金は果たして有効に機能して人々を幸福にしているのでしょうか?

「無限の自由」「永遠の幸福」「真実の正義」を望み、人類の棲息を永続して行く事が、私達の生存の意義であると思います。

「自分が愉しくて、人が喜ぶ」この価値観を生み出す事が仕事です。一生涯その仕事がある事が人の生甲斐です。

 そうした人々の生活をサポートするシステムとしてお金が考案され発達してきました。しかし、今やお金が大勢を制して、お金に生活が左右される本末転倒した状況に、疑問を感じずに生活しています。大事なのは「自分が愉しくて、人が喜ぶ」腕前、能力を生涯かけて蓄える事です。無駄が無い自然循環型の生活を心掛ければ、年齢や状態に応じて一生涯仕事があります。

 しかし残念ながら、今の近代的生活は、無責任な公共投資、真実を誤解させる宣伝広告、情報操作に鈍感な無責任マスコミ、健康を害する食生活、先の見えない政治、希望の無い教育、終りの無い医療、他人の仕事をもてあそぶ経済活動、本質を無視した援助、破壊の何物でもない近代戦争・・等々で本人の自覚に関係無く膨大な無駄を行っています。せっかくの文明が無駄を助長し、いつのまにか幸福を犠牲にして無駄を支えているのではないかと思います。

 自らの仕事で、自活できる生活単位〔家族又は地域〕が活力を得て、無駄を誘発せずに余裕ある社会にしたく思います。

 私は、老人から赤ん坊まで、祖父母、親、子供、孫と「生から死まで」の生活を共棲する事で、「生活力の有る者、無い者の協調互助の生活集団」として合理的で安定安心の生活がまっとう出来ると考えています。そうした生活はそれなりに、多くの摩擦が起ります。しかし、それを考え、悩み、理解し、解決してこそ、人間としての英知である「人間性」を、苦難も感じながら身近に実習し、習得出来るのだと思います。
 現実に即した、道徳観、倫理観、社会観、世界観を感じ取る力は、そうした状況で物心付いた幼少より、あらゆる角度から生活の中で経験し成長するように思います。太古からの人間としての動物的基盤に則った生活環境の下に、どのように豊かに快適に愉しく生活できるかを、創意工夫し発展実行してこそ、本来の平和で、自由で、幸福な生活が有るのだと思います。
 人間集団として最も基本的なの考え、悩みから逃れても、何も解決し難く、平和で、自由で、幸福な生活への道のりは遠く感じます。自分達の集団の自活努力を原点に、地域の自活、国の自活が成されない限り、弱肉強食による、他からの利益誘導が繰り返されます。
 個々の自活の力を弱めて、働き蜂になりやすい環境の整備に力を注いで、個々を働き蜂にしたてて、蜜を取ろうとする戦略がある様にも思われます。


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